『古事記』天孫降臨、邇邇芸(ににぎ)命がこの地に降りてくるときに、次のように語りました。

「ここは 韓国に向ひ、笠沙の御前(みさき)を眞来(まき)通りて、朝日のただす国、夕日の照る国なり。

 故、此地はいと吉き地(ところ)。」

 解釈はさまざまですが、

 
 だいたいこのような感じです。

 「この地は、韓国に向かっていて、笠沙の岬にも道がまっすぐ通っている便利なところである。そして、朝日や夕日がよく照り映える国だ。だからここはともてよいとこである。」

 
 

このような記録ですが、ここで韓国という文字が出てきます。

 
 
現在はこの文字をそのままに解釈して韓国つまり朝鮮半島と解するようです。たとえば岩波書店など。

江戸時代の国学者であった本居宣長は日本書紀をもとに、「そじしのからくに」つまり「空虚」の国と解しました。これは、文字通り空の国というわけです。からとは空であるということです。

解釈が分かれるのは次の2つではないでしょか。

1)はたして、韓国が朝鮮半島をさしているのか。それとも空国、不毛の地であるのか。

2)韓国にむかっているから、よい土地である。のか朝日が映えるからよい土地であるのか。


土地ということを重視する中で、古事記の作者は風水地理に詳しかったのではないかと思います。

この風水地理学的な観点から天孫降臨の場所を定めたといえるでしょう。

本居宣長は国学者であったゆえにカラを漢と判断しつつ、また文献的に資料を参考に書紀の「空」を合わせてこのように不毛と解釈したと思えます。漢は「漢心」と彼がとても忌避したところがあります。

日本人にとってカラとはいろいろな意味をもっていたのではないでしょうか。

カラを中国であったり、朝鮮(たとえば、高麗や伽耶)であったり、外国全般であったり、と使い分けが様々なされていたよういにも考えられます。

とにかく、日本ではないことはたしかなようです。

しかし、どうして韓国という漢字語を用いたのか、とても気になるところです。